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コラム
「保険だと赤字だから自費を勧める」わけではありません ―最近のニュースをきっかけに、歯科医師として伝えたいこと―
- 2026年2月13日
- コラム
先日、歯科で使用する金属の価格高騰についてのニュースを目にした方も多いのではないでしょうか。
歯科治療で使われる金属が値上がりし、保険診療の点数では材料費すら賄えず、結果として歯科医院が赤字になるケースが増えている。そんな現状が報道されていました。
その中で、ある歯科医師がインタビューに答え、「保険だと赤字になるため自費治療を勧めざるを得ない状況が、患者さんには“押し売り”のように映ってしまう。それを改善したい」と語っておられました。
この言葉に、共感する歯科医師の方も多かったのではないでしょうか。
一方で、私はこのニュースを見て、少し違う角度から考えていました。
自費診療を勧めることと、保険診療が赤字になることは、本来まったく別の話なのではないか、ということです。
保険診療は「最低限の医療」を全国で等しく受けるための制度
まず大前提として、日本の歯科保険制度は非常に優れた仕組みです。
世界的に見ても、これほど低い自己負担で歯科治療を受けられる国は多くありません。
しかし、この制度は万能ではありません。
保険診療は、「全国どこでも、誰でも、最低限の治療を受けられること」を目的に設計されています。
つまり、
- 使用できる材料
- 治療方法
- 治療にかけられる時間
- 求められる仕上がりの基準
これらはすべて、国によって細かく決められています。
これは良い悪いの問題ではなく、「そういう制度」なのです。
保険診療は、患者さん一人ひとりの細かな価値観や美意識、長期的なこだわりまで反映することを前提には作られていません。
金属価格高騰が突きつけた「制度の限界」
今回ニュースになった金属価格の高騰は、その制度の限界を分かりやすく表面化させました。
保険診療で使われる金属は、国が定めたルールに基づいて選ばれています。
ところが、世界的な資源価格の上昇や為替の影響により、その金属の仕入れ価格が大幅に上がってしまった。
それでも保険点数はすぐには変わりません。
結果として、
- 技工物を作るほど赤字
- 丁寧にやるほど持ち出しが増える
という、歯科医師にとって非常に苦しい状況が生まれています。
ここだけを切り取ると、「だから歯医者は自費を勧めるのか」と思われてしまうのも無理はありません。
しかし、ここで一度立ち止まって考えていただきたいのです。
自費診療は「赤字回避のための選択肢」ではない
自費診療は、保険診療の代替品ではありません。
そして、赤字を埋めるための手段でもありません。
自費診療とは、
- より長く使えること
- 見た目の自然さ
- 噛み心地
- 金属アレルギーへの配慮
- 将来の再治療リスクの低減
こうした点を重視したい患者さんのために用意された、まったく別の治療の枠組みです。
たとえば、「とりあえず噛めればいい」という方にとっては、保険治療は非常に合理的です。
一方で、
「できるだけ再治療を減らしたい」
「見た目も機能も妥協したくない」
「将来の歯の寿命を考えたい」
「より長く自分の歯を残したい」
そう考える方にとって、保険診療の制限は大きな壁になります。
この違いは、お金の問題ではなく、治療の考え方の違いなのです。
押し売りに見えてしまう本当の理由
では、なぜ自費診療が「押し売り」に見えてしまうのでしょうか。
それは、
- 保険と自費の違いが十分に説明されていない
- 「なぜ選択肢があるのか」が伝わっていない
- 保険が“劣っている”ように聞こえてしまう
こうしたコミュニケーションの難しさに原因があると、私は感じています。
本来、歯科医師が行っているのは「押し売り」ではなく、選択肢の提示です。
ただし、その背景にある制度や治療哲学まで伝わらなければ、患者さんは不安になります。
保険と自費は「上下関係」ではなく「役割の違い」
保険診療は、「今困っている状態を、一定の基準で改善する医療」。
自費診療は、「将来を見据え、より良い状態を長く保つための医療」。
どちらが正しい、どちらが上、という話ではありません。目的と役割が違うだけなのです。
今回のニュースは、歯科医師が自費を勧めている理由を「赤字」という一面から切り取ったものでした。
しかし、現場ではもっと根本的な、「どんな治療を、どこまで求めるのか」という問いが常にあります。
最後に ― 知った上で選べる歯科医療へ
私は、患者さんに無理に自費治療を選んでほしいとは思っていません。
ただ、
「保険だから」
「自費だから」
というイメージだけで判断してほしくないのです。
制度の背景を知り、治療の考え方を知った上で、「自分にはどれが合っているのか」を選んでいただきたい。
今回のニュースが、そのきっかけになれば。
そして、歯科医療が「押し売り」ではなく「対話」で成り立つものだと、少しでも伝われば。
そんな思いで、このコラムを書きました。
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